SMAPを離脱した3人が作ったサイト『新しい地図』にある動画。
自分の感性で見つけた道を歩もうぜ,というのが伝わってくる。
■新しい地図
社会的に立派であることという枠は多くの人を息苦しくさせている。
そしてその枠は絶対的に正しいわけでもなく,
物理的に存在するわけでもない幻想みたいなもの。
この枠から出ることを促してくれているし,
そうすることが必要な世の中になってきているんだと思った。
SMAPを離脱した3人が作ったサイト『新しい地図』にある動画。
自分の感性で見つけた道を歩もうぜ,というのが伝わってくる。
■新しい地図
社会的に立派であることという枠は多くの人を息苦しくさせている。
そしてその枠は絶対的に正しいわけでもなく,
物理的に存在するわけでもない幻想みたいなもの。
この枠から出ることを促してくれているし,
そうすることが必要な世の中になってきているんだと思った。
漫画のように感性が重要と思いがちな分野の背景にも論理的なノウハウがある。面白さを感じてもらうために論理的に工夫する例がたくさん出てくる。
■中川いさみのマンガ家再入門/第41話 セックスシーンは脱いだパンツから始めるな!!,モアイ https://t.co/ewpoEMHIHI
— 青木宣明 (@nobu8aoki) 2017年7月19日
もちろん面白い作品を作るのに「感性」は必要だが,
100%感性だけでするのではなく
土台には言葉を中心にしたノウハウとしての「論理」があるのを感じた。
このように感性が重要と思いがちな分野の背景にも
ロジカルなノウハウがあるのを知るのは楽しい。
論理と感性の両輪を回すことの大切さを改めて学ばせてもらった。
我慢する,耐えることは否定もできないが美化するものでもないと思う。
ただ現状では「耐えがたきを耐え,忍びがたきを忍ぶ」
が良いものとされる固定観念は広まっているが。
自分の感性を止めてしまったり,
怒りを溜め込む(結果暴力につながる)ことになる
我慢はしないほうが全体のためになるんだろうな。
我慢には悪影響もあることの認識はもっと広まっていいと感じる。
もちろん,2時間後に焼肉の食べ放題に行くから
今は空腹を我慢して食べないとかはありだけどね。
自分で識別して今置かれた状況に対応するための我慢なのか,
他人から強いられて感性にフタをされる我慢なのか,
同じ我慢でも影響は変わってくる。
我慢しても我慢しなくてもいいのだ。
どちらでもいい。
自分で識別しよう。
心理やスピリチュアルを学んでいると
「執着を手放しましょう」
という表現を目にすることになります。
しかし,こう言われたくらいで手放せるなら
執着にはならないでしょうし,
「そんなこと言ったって大丈夫かわからないじゃないか」
と言いたくもなるでしょう。
それに,「執着はいついかなるときも悪」としてしまうと
これも別の固定観念になってしまいます。
執着という特定の傾向のあり方や行動は
その人の個性の一部でもありますから,
「執着を無理矢理でも手放せ」というのは
「個性を発揮するな」と言ってることにもなりかねません。
ではどうすればいいかというと,
一時的にその執着を手放すことをテストしてみればいいのです。
あくまで試すだけという認識で手放してみるのです。
試して問題なければそのまま手放せてしまえるでしょう。
それでもやろうと思ってもできないとか,
問題が起きたとしても,その執着とよばれるものは
今のあなたに必要だとわかるだけです。
執着は手放す”べき”で手放すというよりも
必要なくなったら自然と手放せてしまうものなのだと思います。
執着が手放せない自分はダメと
否定的にジャッジしなくていいんです。
また,「……したい」「こうあるべき」「○○してはいけない」
といった執着はあなたに独特な表現や役割にもつながっています。
「執着を手放せた=善」とは決めつけられないのです。
特定の執着を一時的にもつことがあってもいいのです。
ただ,その執着があなたの感性にフタをするものになっていないか,
あなたの行動を阻害するものになっていかないかだけは
気をつけたほうがいいでしょう。
ただの否定的なものではなく,
行動の推進力として「執着」を活かす視点を
この記事からもってもらえれば幸いです。
ヒアリの例は災難ではあるけど,
「役に立つ」研究を大学に強制して短期的にかつ金銭的に
「役に立つ」ように見えないことへの好奇心に
フタをする動きが危ういものであることを教えてもくれている。
いま「アリなんて調べて何の役に立つの?」って言われる事も少なくなかった知人のアリの研究者さん達、軒並みヒアリの件で東奔西走していて、研究ってこういうものなんだよなと身にしみる。
必要とされるまで価値が分からなくとも、必要になってから調べたのでは遅い事って、沢山あるんだよね。— 小森雨太 (@comori_uta) 2017年7月7日
自分の感性を働かせるのは「今ここ」であって
何かが終わってからではないこと,
自分のやりたいことを感じ取る練習を他人のマネをしながらすればいいのも
理解させてくれるとても素敵な内容の記事を紹介しておきます。
■片岡鶴太郎「定年後に遊ぶのでは遅すぎる」
自分の魂を喜ばせるのは何か知っていますか,
東洋経済ONLINE
次の記事も大学無料化を疑問視しているように,
本当は勉強や研究なんてしたくないのに
「無料だから」という理由だけで大学に行くのは,
行った学生も時間を無駄にする可能性が高いし,
そんな学生を相手にすることになる教員側も
学生を大学に縛り付けて勉強・研究をさせる
不毛な努力を強いられる恐れがある。
■城繁幸:偉い人が大学教育を無償化しようと言い出した時に読む話,Joe’s Labo